いまだ!神さまにすがろう!

人も自分も頼りにならない!もう神さましかいない!

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【66】熊野速玉大社摂社・神倉神社に行ってきた その1「恐怖の参道・鎌倉積み」(和歌山)

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小さな橋を渡ってただならぬ雰囲気の神域へ。

神倉神社(かみくらじんじゃ)新宮市を見下ろすようにそびえる神倉山の、高さ100m付近の断崖絶壁に鎮座している。

本社の熊野速玉大社(記事No.【62】)から歩いて15分くらいだったかな。

大通りから少し外れた路地裏の住宅地の真っただ中に、この小さな太鼓橋がひっそりと佇んでいる。それは登山道の入口のようにも見える。

今にも市街まで転がり落ちてきそうな御神体「ゴトビキ岩」で有名。

熊野の神々が最初に降臨したとされる霊蹟であり、云うなれば熊野信仰はじまりの地である。

速玉大社に参拝したら、必ず立ち寄らねばならないと言っても大袈裟ではあるまい(`・ω・´)

 

さて、神倉神社は摂社とはいえ全国的にかなり名の通った神社である。

それはやはり御神体・ゴトビキ岩の並々ならぬインパクトのせいであろう。

にもかかわらず、参拝者の姿をあんまり見かけない・・・(`・ω・´)

ちょっと奥まった立地のせい、というのもあるかもしれないが、最大の理由は538段にも及ぶ石段の参道ではないかと思う。

 

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写真でも十分に伝わるであろう、この勾配である。

角度っ!Σ(゚Д゚)

それに加えて、写真では十分に伝わらない厳しさもあるのだ。

それは、この階段が「鎌倉積み」と呼ばれる極めて野性味溢れる石段であることだ。

かの源頼朝が寄進したというこの石段は、そんじょそこらの神社やお寺で見かけるような登りやすい石段ではない。ゴツゴツした自然石をほとんどそのまま階段状に積み上げたようなもので、一段一段がデコボコしててとにかく足が掛けづらく、気を抜くとすぐに踏み外す。

こうして写真で見ると石の形がわりとキレイに整っているかのように見えてしまうのだが、実際に行って足を掛けてみると全然整っていないのだ。靴底に石が突き刺さって痛いのだ。もっとアップで撮ればよかったかな・・・(*´Д`)

 

この「急勾配」プラス「鎌倉積み」のコラボにより生み出された険しい参道は、参拝者を大いに苦しめる。

足腰の弱いお年寄りではまず登りきるのは無理であろう。危険すぎる。

たしか、境内の入り口近くの看板にもその旨がキッチリ書かれていたような気がする。

若い人に比べて信心深いとされるお年寄りを寄せ付けないとは、なんと不遜な参道であることか(´-ω-`)

 

しかし、俺は行かねばならない。

たとえこの参道で命を落とすことになろうとも・・・( `ー´)ノ

だいたい、熊野なんてもう二度と来れないかもしれない。熊野の地を踏んでおきながらゴトビキ岩を参拝しなかったら、臨終を迎えるときにどれほどの悔いを残すであろうか。間違いなく成仏出来ず、あたかも菅原道真のように怨霊となってしまうかもしれない。

そして、愛知県庁に雷を落としたり、インフルエンザを流行らせたりしてしまうかもしれない。

 

俺は朱塗りの鳥居の前で一礼して、目の前の荒々しい石段を見上げた。

そして、ゆっくりと登り始めた・・・。

(続く)

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