いまだ!神さまにすがろう!

人も自分も頼りにならない!もう神さましかいない!

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【30】日本一の神域、伊勢神宮に行ってきた その3「皇大神宮(内宮)」

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駐車場から内宮に向かう人々。内宮は奥に見える橋のさらに向こうだ。

上の写真は、参拝用の駐車場から内宮(ないくう)こと皇大神宮(こうたいじんぐう)に向かう人々の姿。お祭りでも何でもない、ありふれた土曜日の午前の風景である。

世俗と神域とを隔てるという清流・五十鈴川(いすずがわ)のほとりを、参拝にきた人々がたわいもない世間話をしながらゆっくりと歩いてゆく。

 

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門前町(?)のおかげ横丁の様子。

伊勢神宮の門前に広がるおかげ横丁の風景も、とてもくだけている。通りをゆく誰もが自然体で、楽しそう。


日本人と神さまの関係はとてもフランクだ。日本一の格式を誇る伊勢神宮も、「お伊勢さん」なんて呼ばれて親しまれている。それでいて、怖れや敬いを忘れているわけでもない。

普段は神さまなんて気にしない人も、散歩ついでの気まぐれに神社に立ち寄れば、びっくりするくらい真面目にお祈りしたりする。

古くなったお札やお守りだって、ゴミ箱にポイッと捨てたりせず、わざわざ神社に納めにくる。

 

 

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宇治橋を渡り、世俗から神域へ。

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開放的な庭園(神苑:しんえん、というらしい)を、玉砂利を踏みしめて歩く。じゃり、じゃり、じゃり…。

 

「神さまを信じていますか?」と尋ねれば、「信じてるってほどじゃないけれど・・・」みたいな反応をする人が多いと思う。

「信じてないんですか?」と尋ねても、「そんなことはないけれど・・・」といったところだろう。

そんな曖昧な心持ちながらも、多くの日本人が「一生に一度はお伊勢に参れ」と、はるばる遠方からやってくる。

世界遺産に登録されて外国人観光客で賑わう熊野三山や、海外で抜群の知名度を誇る京都・伏見稲荷大社とは違って、ここではあっちを向いてもこっちを向いても日本人、日本人である。

伊勢神宮は単なる観光地ではなく、現代においても日本人の素朴な信仰を一心に集める神域なのだ。

(続く)

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