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【19】聖徳太子が夢の跡、法隆寺に行ってきた その2「洗練された西の境内と素朴な仏像」(奈良)

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(続き)東の境内の参拝を終えて、西の境内へ歩いていく。

東と西とを隔てる東大門をくぐり抜け、法隆寺の心臓部である西の境内に近づいていく。

 

係の人に拝観券を見せて、いよいよ西の境内に足を踏み入れた。

法隆寺を象徴する五重塔がすらりとそびえ立ち、傍らには金堂、背後には大講堂が佇んでいる。

ハッとするような迫力はないけれど、とても上品で、洗練された境内であった。

洗練されている、というのは、バランスがいい、とでも言い換えることが出来ようか。ひとつひとつの建築が無駄に荘厳だったり大きすぎたりせず、然るべき自己主張、然るべきサイズ、然るべき配置がなされている。

 

金堂には古くて貴重な仏像がたくさん安置されている。その中でも、釈迦三尊像薬師如来なんかは飛鳥時代、つまり聖徳太子のいた西暦600年代のとても古い仏像だ。

お顔を眺めると、どこかアニメっぽく、のっぺりとした印象を受ける。歯に衣着せぬ言い方をすれば、造形自体は安っぽい。後の世の仏像のほうが、自然で柔らかい表情に見えるのだ。

仏師の技術力は、まだまだ途上の段階だったということだろう。とはいえ、これはこれで素朴な味わいもある。

 

お次は大講堂。こちらに安置されている薬師三尊像は、平安時代のものらしい。金堂にあった飛鳥時代の仏像に比べると、格段にアニメっぽさがなくなって、自然な表情になっている。だけど、あまりにもステレオタイプな仏像だったからか、それほど印象には残っていない。

 

西の境内をあらかた拝観した俺は、順路に沿って法隆寺のお宝がひしめくという大宝蔵院に向かって、テクテクと歩きはじめた。

(続く)

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